「稲荷祝詞 全文」で検索して、最初に出てきたページの文章をそのままコピーしようとした方も多いと思います。私も同じことをしようとして、途中で手が止まりました。別のページを開くと「略詞」という言葉が出てきて、さらに別のページには「秘文」。
あれ、これは同じもの、それとも違うもの……と、気づけば何ページも開いたままになっていました。
この記事は、その戸惑いをいちばん最初に解消してから読み進められるように作っています。まず稲荷祝詞の全文をふりがな付きで置き、そのすぐあとに「なぜ4種類もあるのか」を表で整理しました。拝礼の順序がサイトによって違って見える理由も、神社本庁や伏見稲荷大社公式の記載を確認したうえで説明します。
後半では「素人が唱えて失礼にならないか」「噛んだらどうなるか」という、稲荷祝詞に特有の畏れにも触れます。稲荷は「ご利益が強い分だけ怖い」と語られることがある神様ですが、そう語られてきた理由まで含めて、事実として整理しておきます。
稲荷祝詞の全文|ふりがな付き
まず、探しに来た全文をここに置きます。
掛(かけ)まくも畏(かしこ)き 稲荷大神(いなりのおおかみ)の大前(おおまえ)に 恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まお)さく
朝(あした)に夕(ゆうべ)に 勤(いそし)み務(つと)むる家(いえ)の産業(なりわい)を 緩(ゆる)ぶ事(こと)無(な)く 怠(おこた)る事(こと)無(な)く
弥(いや)進(すす)め進(すす)め賜(たま)ひ 弥(いや)助(たす)けに助(たす)け賜(たま)ひて
家門(かど)高(たか)く令(せ)吹(ふき)興(おこ)し賜(たま)ひ
堅磐(かきわ)に常磐(ときわ)に命(いのち)長(なが)く 子孫(うみのこ)の八十連属(やそつづき)に至(いた)るまで
茂(しげ)し八桑枝(やぐわえ)の如(ごと)く令(せ)立栄(たちさかえ)しめ賜(たま)ひ
家(いえ)にも身(み)にも枉神(まがかみ)の枉事(まがごと)不令有(あらしめず)
過犯(あやまちおか)す事(こと)の有(あ)らむをば 神直日(かむなおひ) 大直日(おおなおひ)に見直(みなお)し聞直(ききなお)し坐(まし)て
夜(よる)の守(まもり) 日(ひ)の守(まもり)に守(まも)り幸(さきわ)へ賜(たま)へと 恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まお)す
※このページの本文は『神拝詞集』所収のテキスト(miko.org掲載版)を基準にしています(出典:miko.org「神拝詞集」 2026-08-05確認)。稲荷祝詞は神社本庁が定める制定祝詞ではないため、掲載する版によって送り仮名や表記に細かな違いが出ることがあります。詳しくは次の見出しで扱います。
印刷して神棚の前に置きたい場合は、このブロックをそのままコピーして、大きめの文字サイズで印刷すると読みやすくなります。縦書きにしたいときは、ワープロソフトの「縦書き」設定に貼り付けるだけで対応できます。
読み間違えやすい5つの句
先に、つまずきやすい読みだけまとめておきます。
- 産業(なりわい)
- 八十連属(やそつづき)
- 八桑枝(やぐわえ)
- 枉神(まがかみ)
- 神直日・大直日(かむなおひ・おおなおひ)
稲荷祝詞 略詞の全文|短く唱えたいとき
全文は少し長いので、覚えにくい、時間が取れないという方向けの短縮版もあります。
略詞の全文とふりがな
掛(かけ)まくも畏(かしこ)き稲荷大神(いなりのおおかみ)の大前(おおまえ)に 恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まお)さく
大神(おおかみ)の厚(あつ)き広(ひろ)き恩頼(みたまのふゆ)に依(よ)りて 家門(かど)を令(せ)起(おこ)し賜(たま)ひ
夜(よる)の守(まもり) 日(ひ)の守(まもり)に 守(まも)り幸(さきわ)へ賜(たま)へと 恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まお)す
全文と略詞の使い分け
略詞は、全文を覚えられないときの「手抜き」ではありません。社頭が混み合っているとき、朝の身支度の合間など、時間が限られる場面で用いられてきた形です。内容は全文を凝縮したもので、家門の繁栄を願う核の部分はそのまま残っています。
さらに短い略拝詞
もっと短くてよいなら、神社本庁が公式に示している唱えことばである略拝詞という言葉があります。
「祓(はら)え給(たま)い、清(きよ)め給(たま)え、神(かむ)ながら守(まも)り給(たま)い、幸(さきわ)え給(たま)え」
これは稲荷祝詞に限らず、どの神社でも使える唱えことばです。神社本庁が公式に示している唱えことばは、この略拝詞と吐普加美依身多女(とほかみえみため)の2つだけで、稲荷祝詞そのものは含まれていません(神社本庁「唱えことば」 2026-08-05確認)。
この点は次の見出しでもう少し詳しく扱います。
稲荷祝詞の種類|4つの使い分け
ここが、調べていていちばん戸惑った部分です。稲荷の祈りの言葉には、実は稲荷祝詞のほかにも複数の系統があります。
稲荷祝詞(稲荷拝詞)
家業への感謝と一家の繁栄を願う内容で、神棚や神社で最も一般的に使われている形です。神社神道の系統に属します。
稲荷大神秘文
稲荷五社大明神祓と伏見稲荷の五柱
「五社」とは、伏見稲荷大社の五柱の御祭神を指す言葉です。伏見稲荷大社公式には
「本殿には五社が一宇相殿(いちうあいどの)に奉祀されています」
「これら五柱の御祭神名は、稲荷大神様の広大なる御神徳の神名化されたものです」
とあります(伏見稲荷大社公式 2026-08-05確認)。
宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・田中大神(たなかのおおかみ)・四大神(しのおおかみ)の五柱です。
お寺のお稲荷さんは稲荷心経・真言
神社ではなくお寺のお稲荷さんもあります。たとえば豊川稲荷は、実は神社ではなく曹洞宗の寺院「妙厳寺(みょうごんじ)」で、1441年に創建されました。祀られているのは豊川吒枳尼真天(とよかわだきにしんてん)です(愛知県公式観光サイト 2026-08-05確認)。お寺のお稲荷さんでは、祝詞ではなく稲荷心経や真言が唱えられます。神社かお寺かで唱えるものが変わります。これが、読者にとって最初の分かれ道になります。
稲荷信仰は、明治の神仏分離まで神道と仏教が重なった形で広まってきたため、神社神道の系統と神仏習合の系統が今も並行して伝わっていると考えられています。同じような現象は、稲荷祝詞に限らず他の祝詞でも見られます。
つむぎ所長最初に4つも出てきたときは正直ちょっと面食らったんですが、神社かお寺か、長いか短いかで分かれていると分かると、急にすっきりしました
選ぶときの目安
ここまでの内容を、場面ごとに一覧にしておきます。
系統や成り立ちは前の見出しで説明したとおりです。ここでは「どんな場面で使われてきたか」だけを一覧にしています。
| 名前 | どんな場面で使われてきたか |
|---|---|
| 稲荷祝詞(稲荷拝詞) | 神社・神棚で最も一般的。家業への感謝を奏上する場面 |
| 稲荷祝詞 略詞 | 全文の短縮版。時間がない、覚えきれない場面 |
| 稲荷大神秘文 | 神仏習合系。吉田神道・修験道・講の口伝で伝えられてきた場面 |
| 稲荷五社大明神祓 | 伏見稲荷の五柱への祓。神仏習合系の儀礼で用いられてきた場面 |
自宅の神棚や、街の稲荷神社で唱えるなら、稲荷祝詞かその略詞で問題ありません。
系統が違うだけで、どちらが正しい・偉いという序列はありません。
稲荷祝詞の意味|句ごとの現代語訳
音だけ唱えていると、実はどんなことを申し上げているのか分からなくなりがちです。句ごとに意味を並べておきます。
全体を作る4つのかたまり
稲荷祝詞は、前半が日々の家業への感謝、中盤が家と子孫の繁栄の願い、後半が過ちと災いを祓っていただく願い、そして結びが畏まって申し上げる言葉、という4つのかたまりでできています。
句ごとの対訳表
実際の句を、原文と意味で並べておきます。
| 原文(ふりがな) | 意味 |
|---|---|
| 勤み務る家の産業を (いそしみつとむるいえのなりわいを) | 朝も夕も励んでいる家のなりわいを |
| 緩ぶ事無く 怠る事無く (ゆるぶことなく おこたることなく) | ゆるむことなく、怠ることなく |
| 家門高く令吹興し賜ひ (かどたかくふきおこしたまい) | 家を盛んに興していただき |
| 子孫の八十連属に至るまで (うみのこのやそつづきにいたるまで) | 子孫が幾代も続いていくまで |
| 神直日 大直日に見直し聞直し坐して (かむなおひ おおなおひにみなおしききなおしまして) | 過ちがあっても、神様のお力でよい方に見直し聞き直してください |
全体を通して見ると、前半は感謝、中盤は繁栄の願い、後半は過ちを祓っていただく願いという流れになっています。
「お願い」より先に「報告」をする構造
稲荷祝詞は、いきなり願い事を並べる形ではありません。まず「朝も夕も励んでいる家のなりわいを」と、日々の営みを報告する言葉から始まります。願いを申し上げるのは、そのあとです。
稲荷祝詞は願い事の羅列ではなく、まず「毎日きちんと務めています」と申し上げる構造になっています。ここを知っているかどうかで、唱えたときの気持ちの向き方が変わってきます。
なお「掛巻も畏き」「恐み恐みも白す」という句は、稲荷祝詞だけのものではなく、他の祝詞にも共通して使われる定型句です。この句自体の詳しい成り立ちは天津祝詞の全文とふりがなの記事で扱っているので、気になる方はそちらもあわせてどうぞ。
稲荷祝詞の唱え方|拝礼の順序
行動として、いつ・どの順番で唱えればいいのかを整理します。
拝礼の基本形
北海道神社庁の記述をもとにすると、拝礼の基本形は次の流れです(北海道神社庁 2026-08-05確認)。
- 神前に進んで軽く一礼する
- 深く90度に二回頭を下げる(二拝)
- 胸の高さで手を合わせ、右手を少し引いて二回拍手する
- 再び手を合わせて祈念する
- 深く一回頭を下げる(一拝)
- 最後に軽く一礼して下がる
祝詞を唱える位置、2つの案
まず知っておきたい事実があります。神社本庁が公開している「唱えことば」に稲荷祝詞は含まれていません。つまり、稲荷祝詞は神社本庁が定めた制定祝詞ではないということです。
都道府県の神社庁が出している家庭祭祀のQ&Aも、拝礼の基本形は示していますが、祝詞を奏上する位置までは一つに定めていません。
東京都神社庁のページには「神社神道は本来氏神信仰ですから神社や地域により違いがあります。詳しくは氏神様にご相談下さい」と明記されています。
ここから先は、実際にどちらの形を選べばいいかという話です。
広く案内されている形は主に2つあります。
| 案 | 案内されている状況 |
|---|---|
| A:二拝→祝詞奏上→二拝二拍手一拝 | 先に深くお辞儀してから唱える形として広く見られる |
| B:二拝二拍手→祝詞奏上→一拝 | 拍手のあとに唱える形として広く見られる |
迷ったときは、二拝→祝詞奏上→二拝二拍手一拝を基本に置くとよいと思います。ただし、最終的には参拝先や氏神様の作法に従うのが正解です。他のサイトが間違っているという話ではなく、案内する側によって形が違っているだけです。
神社で唱える場合と神棚で唱える場合
神社で唱える場合は、拝殿の前で上記の流れに沿って唱えます。神棚で唱える場合は、まずお供えをしてから拝礼するのが案内されている形です。
声の大きさと紙を見てよい範囲
大声で朗々と唱える必要はありません。小さな声でも、心の中で念じる形でもよいとされています。手に紙を持って読んでもかまいません。神職も祝詞を書いた紙を見ながら奏上することがあり、暗記していることが条件になっているという規定は確認できませんでした。
稲荷祝詞のタブー|唱えるときの注意点
畏れを抱えたまま検索して来た方も多いと思うので、ここで根拠のある話とない話を切り分けておきます。
唱え間違えたときの対処
言い直せば大丈夫です。作法の細かな不慣れさよりも、真心をもって向き合うことのほうが本質だとされています。
家庭で唱える場合の扱い
神社庁が家庭祭祀の案内として祝詞を掲載していること自体が、家庭で唱えることを前提にしている証拠です。誠意をもって唱える人に神様が理不尽な報いを与えるという考え方は、神道の教えの側では明確に否定されています。個人が唱えることを禁じる規定は見つかりませんでした。
「祟る」と言われてきた理由
稲荷神は商売繁昌や家内安全といった現世利益をもたらす神として、庶民に広く信仰されてきました。その裏返しとして「強いご利益をくださる神様だからこそ、不敬には厳しい」という畏れが俗信として定着したと考えられています。民俗学の分析では、禁忌には三隣亡のような機械的な規則型と、怒る主体がはっきりしている人格型があり、人格型のほうが心理的なリアリティが強く、語り継がれやすいと分析されています。
叱ってくる先生ほど生徒のことを気にかけている、という感覚に近いのかもしれません。厳しく語られるのは、それだけ日々の暮らしに近い場所にいる神様だからだと考えると、少し受け止め方が変わってきます。
実際に気をつけたいこと
行動として気をつけたいことをまとめておきます。
- お札やお守りを粗末に扱わない
- 一年経ったものは神社に納める(伏見稲荷大社は郵送での返納も受け付けています)
- 願い事だけでなく、まず感謝を述べる
- 参拝先の作法に従う
どれも特別なことではなく、ふだんの参拝作法の延長です。
稲荷大神とは|祝詞に出てくる神様の名前
唱えている相手が誰なのかを知っておくと、言葉の重みが変わってきます。
稲荷大神と五柱の御祭神
伏見稲荷大社の鎮座は、奈良時代の和銅4年(711年)2月初午の日とされています。全国に約30,000社あるといわれる稲荷神社の総本宮です(伏見稲荷大社公式 2026-08-05確認)。
御祭神は五柱で、公式には衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリと崇められ、五穀豊穣・商売繁昌・家内安全・諸願成就の神とされています。
「イナリ」という名前の由来
伏見稲荷大社公式によると、「イナリ」は「イネナリ・イネニナルのつづまったもので、人間生活の根源であった稲によって、天地の霊徳を象徴した古語」とされています。
狐は神様ではなく神使
狐は稲荷大神そのものではなく、神様のお使い(神使)とされています。これは各地の稲荷信仰で語られてきた伝承としての位置づけです。
稲荷祝詞の効果|伝えられてきたこと
「効果」や「スピリチュアル」といった言葉で検索する方もいると思うので、保証はせずに整理しておきます。
唱えることが日々の習慣になる理由
祝詞の本文が願っているのは、家業が滞りなく続くこと、一家と子孫の繁栄、そして災いと過ちが祓われることです。これは本文に書かれている内容であって、効果を保証するものではありません。
前の見出しで触れたとおり、稲荷祝詞は願い事を並べる前に「毎日きちんと務めています」と報告する構造になっているので、唱えること自体が、自分の一日を振り返る行為になります。
効果を数える道具にしてしまうと続きにくいので、声に出して1〜2分で終わる、暮らしを整える習慣として置いておくのがちょうどいいと思います。
つむぎ所長効果を数えようとすると疲れてしまうので、わたしは「今日も忘れず唱えられた」くらいの軽さでちょうどいいと思っています
稲荷祝詞を手元に置く方法|経本とお札の郵送・返納
最後に、紙で手元に置きたい方や、遠方で参拝が難しい方向けの情報です。
紙の経本は版が固定されているので、ネットの写し違いに悩まずに済みます。『神拝詞集』や『神道大祓全集』のように、複数の祝詞をふりがな付きで収めた経本が流通しています。
お札やお守りについては、伏見稲荷大社公式が郵送でお札の申し込みができます。
郵送申込書に記入し、初穂料と荷造送料を同封して現金書留で社務所へ送る形で、FAXや電話での受付は行っていません(社務所 電話075-641-7331 代、受付9:00〜16:00)。
1年間ご守護いただいた神札は伏見稲荷大社へ返送すると、昇神のお祭をしたうえで丁寧にお焚き上げされます(伏見稲荷大社公式 2026-08-05確認)。
なお、桜井識子氏の著作(『お稲荷さんのすごいひみつ』ほか)のように、稲荷について書かれた一般書もあります。ここでは書名を挙げるだけにとどめます。
まとめ
全文はここまでに置いたとおりです。
稲荷の祈りの言葉には、稲荷祝詞・略詞・稲荷大神秘文・稲荷五社大明神祓の4つがあり、神社や神棚で唱えるなら稲荷祝詞かその略詞で問題ありません。
拝礼の順序は公式が一つに定めていないので、迷うなら「二拝→祝詞奏上→二拝二拍手一拝」の形を基本にしておけば大丈夫です。
噛んでしまっても、言い直せば問題ありません。
読み始めてここまで来た方は、すでに冒頭の「掛巻も畏き」と結びの「恐み恐みも白す」を読めるようになっているはずです。
これは他の祝詞にも共通する句なので、もう半分は読める状態になっています。

