墓石の紋を写真に撮って親戚に送ったら、「うちの紋付とは向きが逆じゃない?」と言われた。そんな戸惑いから、この記事にたどり着いた方もいるかもしれません。
藤の花房が上を向いている紋と、下を向いている紋。同じ藤の家紋なのに、向きが逆なものがもう1つあると知ると、少し落ち着かなくなりますよね。
先に結論をお伝えします。上り藤・上がり藤・昇り藤・のぼりふじは、すべて同じ1つの紋を指す呼び方の違いです。下がり藤との違いは花房の向きだけで、丸や添え紋の有無は関係ありません。そして、向きが違うからといって本家と分家や家柄の上下が決まるわけでもありません。
この記事では、家紋を専門に集めたデータベースサイトの情報を突き合わせながら、上り藤の意味・種類・使った武将や苗字、そして自分の家の紋を特定する手順までを整理しました。
上り藤の基本データ|読み方・かたち・表記のゆれ
上り藤は「あがりふじ」と読むのが家紋資料での基本の読み方ですが、「のぼりふじ」も広く通じます。上り藤・上がり藤・昇り藤・登り藤という表記も、すべて同じ紋を指しています。
「上り藤」「上がり藤」「のぼりふじ」は同じ紋
表記が違っても実体は1つです。上り藤・上がり藤・昇り藤・登り藤・あがりふじ・のぼりふじ、どの言葉で検索してもたどり着く先は同じ家紋になります。
三枚の葉と、立ち上がる二房の花|上り藤のかたち
かたちは、三枚の葉を中心に置き、藤の花房を左右から立ち上がるように丸く描いたものです。分類は植物紋で、モチーフは藤そのものです。
藤という植物そのものの意味(長寿や繁殖力の象徴とされること)には、深くは立ち入りません。藤紋全体の由来は、既存の下がり藤についての記事の方が厚く扱っています。
藤紋231種の中での上り藤の位置
家紋データベースサイトで確認すると、藤をモチーフにした紋は231種確認でき、そのうち上り藤を骨格にした紋だけで60種以上あります(2026年9月時点)。
つむぎ所長囲み・軸・添え紋の組み合わせだけでこの数なので、家紋データベースを眺めているだけであっという間に時間が溶けます
上り藤と下がり藤の見分け方|花房の向きで決まる違い
上り藤と下がり藤を分けているのは、花房の先端の向きという1点だけです。上向きに立ち上がっていれば上り藤、下向きに垂れていれば下がり藤です。
上り藤と下がり藤を分ける唯一の点|花房の向き
のぼり旗のように上へ立ち上がって見えるか、暖簾のように下へ垂れて見えるか。見た目の印象がまるで違って見えるのは、この向き1点の差によるものです。

丸や添え紋は見分けに関係しない理由
「丸に上り藤」も「上り藤に剣花菱」も、骨格はすべて上り藤です。囲みや添え紋があっても、花房の先端が上を向いていればそれは上り藤の仲間だと考えてください。
ここを混同して、「うちの紋は一覧のどれにも当てはまらない」と迷ってしまう方が少なくありません。まず向きだけを見る、というのがこの記事の一貫した立場です。
墓石・紋付の小さな紋から向きを読み取るコツ
墓石は彫りが浅く輪郭がつぶれやすいので、花房の先端がどちらを向いているかを見てください。紋付や貼り紋は紋自体が小さいので、葉がどちらの側にあるかで補助的に判断できます。
写真は角度によって上下が逆に見えることがあるので、葉の位置と合わせて確認すると読み違えにくくなります。
向きが違うと家紋の意味も変わるのか
花房の向きが示すのは、見た目の違いだけです。下がり藤は自然な垂れた姿、上り藤はそれを上向きに変えた姿というだけで、どちらが優れているかを示す資料は見当たりません。

上り藤が生まれた理由|「下がる」を嫌った縁起担ぎと本家分家説の真偽
藤紋の基本形は下がり藤で、上り藤は下がり藤の変形だという点は、複数の家紋資料で一致しています。
下がり藤から上り藤が作られた経緯
もともとの藤紋は、花房が自然に垂れる下がり藤のかたちで描かれてきました。上り藤は、その垂れた二房を上向きに押し上げて抱き合わせた形として、後から生まれたと考えられています。
「下がる」を嫌った縁起担ぎという説明【伝承・諸説】
花房を上向きに変えた理由については、古くから伝わっている説明があります。一次史料までは確認できていないので、ここは【伝承・諸説】として受け取ってください。
「本家は下がり藤、分家は上り藤」説の確からしさ
本家と分家をめぐる、もう一つの言い伝えもあります。
のぼり旗を掲げる店と暖簾を下げる店が同じ系列の中にどちらもあるように、上り藤と下がり藤の両方を伝える一族も実在します。
「上り藤は藤原氏以外の紋」という俗説の誤り
「上り藤は藤原氏とは関係のない紋で、下り藤こそが藤原氏の紋だ」という話を見かけることがありますが、これは誤りです。
家紋データベースサイト自身が、上り藤のページで「これは間違い」と明記しています。
上り藤の使用苗字には、藤原・武藤・安藤・遠藤・加藤・伊藤・近藤・佐藤・斎藤・後藤が並んでいます。「上り藤は藤原氏以外の紋」という俗説は、事実の側からも成り立ちません。
体操服の色だけで学年を決めつけるような思い込みに近いものだと考えると、腑に落ちやすいかもしれません。
見た目の印象から生まれた俗説が、事実の側からも成り立たないことになります。
つむぎ所長専門のデータベースが自分で「これは間違い」と書いているのを見つけたときは、地味に興奮しました
上り藤から読み取れる、家の来歴のかたち
向きから血筋や家格を読み取ることはできませんが、上向きに変えるという選択をした先祖が家の行く末に願いをかけていたことは、紋のかたちとして今も残っています。それ自体が、家の来歴の一部だと言えます。
- 【出典あり】藤紋の基本形は下がり藤で、上り藤はその変形にあたる(家紋資料で一致)
- 【伝承・諸説】「下がる」を嫌って上向きに変えた、家運隆盛の縁起担ぎ(一次史料は未確認)
- 【伝承・諸説】本家が下がり藤、分家が上り藤(一次史料の提示なし。両方伝える一族も実在)
- 【俗説(誤り)】上り藤は藤原氏以外の紋(家紋データベースサイト自身が誤りと明記)
上り藤の種類一覧|丸・軸・添え紋で変わる紋名
上り藤系の紋名は、囲みの有無、軸や結びの有無、添え紋の有無という3つの軸の組み合わせで枝分かれしています。
上り藤系の紋名を絞り込む3つの軸
1つ目は囲みです。なし・丸・糸輪・子持ち輪・六角・隅切り角・隅入り角・隅立て角・平井筒・折り入り角・外雪輪などがあります。2つ目は軸や結び、散らしなどの変形で、軸付き上り藤・結び上り藤・上り散ら藤・変り上り藤・石持ち地抜き上り藤などが確認できます。
3つ目は添え紋です。上り藤に大の字・剣花菱・花菱・三階松・真対い月・違い鷹の羽・九枚笹・桔梗・片喰・剣片喰・三つ柏・揚羽蝶・三つ巴・七曜や九曜との組み合わせなどがあります。いずれも家紋データベースサイトの藤カテゴリ(231種)に実在が確認できます。
サッカーチームのユニフォームが、ホームとアウェイで色が変わったり、大会のワッペンが胸に加わったりしても同じチームであるように、囲みや添え紋が変わっても骨格は上り藤のままです。

丸に上り藤と軸付き上り藤|囲みと軸で変わる名前
丸に上り藤は、上り藤を丸い輪で囲んだもので、囲みのある家で広く使われています。軸付き上り藤は、花房の下に軸(茎)が加わった形です。囲みや軸が変わっても、骨格が上り藤であることは変わりません。
上り藤に大の字|小田原藩大久保家の替紋
上り藤に大の字は、上り藤の花房の輪の中に「大」の字を据えた紋で、相模小田原藩・大久保家の替紋です。替紋とは、家の正式な紋(定紋)とは別に用いる紋のことです。
加藤藤・伊藤藤|家の名を負った上り藤
加藤藤は、上り藤の花房の中央に「加」の字を据えた紋で、伊予大洲藩加藤氏の家紋の一つとされています【伝承・諸説】。伊藤藤も同じ発想で、花房の中央に「伊」の字を配し、伊藤の名を負った家系に伝わる紋です。
上り藤に剣花菱・三階松|添え紋つきの上り藤
上り藤に剣花菱、上り藤に三階松のように、添え紋を組み合わせた上り藤も確認できます。添え紋には家ごとの個性が表れやすく、同じ上り藤でも見た目の印象が大きく変わります。
| 紋名 | 見分けポイント |
|---|---|
| 丸に上り藤 | 上り藤を丸の輪で囲んだ形 |
| 軸付き上り藤 | 花房の下に軸が加わった形 |
| 上り藤に大の字 | 花房の輪の中に「大」の字 |
| 加藤藤 | 花房中央に「加」の字 |
| 伊藤藤 | 花房中央に「伊」の字 |
| 上り藤に剣花菱・三階松 | 添え紋の組み合わせがある形 |
使われる家や場面としては、丸に上り藤は囲みのある紋を持つ家全般に、上り藤に大の字は相模小田原藩・大久保家に、加藤藤・伊藤藤はそれぞれ加藤家・伊藤家の系統に伝わっています。
上り藤を用いた武将と偉人|伊藤博文と小田原藩大久保家
上り藤を用いた人物として、家紋データベースには伊藤博文をはじめ、戦国武将の向井正綱・安藤重信ら、そして相模小田原藩・大久保家の名が挙がります。
上り藤を用いた戦国武将と旗本の一覧
家紋データベースサイトの上り藤のページには、幕末維新の伊藤博文、戦国武将の向井正綱・安藤重信・窪田吉正・小長谷道友・小宮山宣勝・浦野重政、そして大名旗本として向井氏・窪田氏・富松氏・小長谷氏・小宮山氏・浦野氏の名が並びます。相模小田原藩の大久保氏は、替紋として上り藤に大の字を用いました。
- 伊藤博文(幕末維新):上がり藤【出典あり】。出自の経緯は【伝承・諸説】
- 向井正綱・安藤重信・窪田吉正・小長谷道友・小宮山宣勝・浦野重政(戦国武将):上り藤【出典あり】
- 向井氏・窪田氏・富松氏・小長谷氏・小宮山氏・浦野氏(大名旗本):上り藤【出典あり】
- 相模小田原藩大久保家:上り藤に大の字(替紋)【出典あり】
- 加藤光泰(豊臣秀吉の家臣):上り藤【伝承・諸説】
ほかに、豊臣秀吉の家臣で甲斐を領した加藤光泰が上り藤を用いたと紹介する資料もあります。ただし一次史料での裏づけまでは確認できていないので、【伝承・諸説】として扱ってください。
伊藤博文の上り藤|幕末から明治に伝わった紋
伊藤博文が上がり藤を用いた経緯についても、伝えられている話があります。細部までは断定せず、そういう説明があるという距離感で受け取ってください。
現在も家紋グッズで「上がり藤といえば伊藤博文」という組み合わせが定番になっているのは、上り藤の知名度をうかがわせる一つの傍証と言えます。
小田原藩大久保家の替紋「上り藤に大の字」
上り藤に大の字は、相模小田原藩・大久保家が替紋として用いた紋です。武家が上り藤やその派生紋を選んだ背景には、家運の上昇を願う縁起担ぎがあったという説明があります【伝承・諸説】。向きから家格が決まるわけではありませんが、願いをかけた選択の跡が紋のかたちに残っているという見方は、前章の裁定とも矛盾しません。
上り藤を使う苗字|「藤」がつく家・つかない家
上り藤の使用苗字を家紋データベースで見ると、「藤」がつく家とつかない家の両方に広く伝わっています。
上り藤を伝える「藤」のつく苗字
藤田・藤井・藤沢・藤原・武藤・安藤・遠藤・加藤・伊藤・近藤・佐藤・斎藤・後藤といった、「藤」のつく苗字に上り藤が伝わっています。
藤がつかない家に伝わる上り藤
森口・小川・市川・向井・湯浅・中村・守屋・山下・植村・浦野・鈴木・小宮山・窪田・高島・高儀・竹田・富松・吉田・寺西・早野・中谷・小長谷など、「藤」がつかない苗字にも上り藤は広く伝わっています。
苗字から紋を決められない理由
苗字から紋は決まらないように、上り藤は「藤」姓に偏ってはいるものの、藤がつかない家にも広く伝わっています。紋から苗字も決まりません。
加藤家に「加藤藤」、伊藤家に「伊藤藤」という独自の紋があるように、同族でも系統ごとに紋を整えた例もあります。苗字だけで自分の家の紋を決めつけず、実物を確かめる方が確実です。
自分の家の上り藤を特定する手順|墓石や紋付に入れるときの選び方
家にある紋を集め、向きを確認し、紋名を絞り込むという3つの手順で、自分の家の上り藤を特定できます。
家の中にあるものを、順番に確認していくだけで十分です。今日からでも始められます。
家にある上り藤を集める順番|墓石・仏壇・紋付
- 墓石(正面上部や花立まわり)を確認する
- 仏壇・仏具・位牌にある紋を確認する
- 紋付・留袖・喪服の紋を確認する
- 実家の蔵書や過去帳を確認する
- 本家や親族に紋について聞いてみる
複数の紋が出てきたときは、どれか1つを「正式な紋」と決めつけず、そのまま記録しておいてください。
上り藤系の紋名を絞り込む3つの問い
囲みはあるか、軸や結びはあるか、添え紋は入っているか。この3つの問いに答えていくと、上り藤の紋名絞り込みチャート(前章)の中で、自分の家の紋がどこに位置するかが見えてきます。
墓石や貼り紋を新調するときの向きの選び方
実物に残っている向きをそのまま使うのが基本です。すでに上り藤で伝わっているなら、その向きをそのまま引き継いでください。「上がる方が縁起がいいから」と向きを変える先祖もいましたが、いま家に伝わっている向きこそが、その家の紋です。
家の中で向きが食い違って見つかったときの考え方
墓石と紋付で向きが違う、本家と分家で違う、といった食い違いは珍しくありません。どちらかが必ず間違っているとは限りません。由来をたどれる年代の古い現物(墓石や過去帳の記載)を基準に置き、判断に迷ったら本家や親族に聞いてみてください。
上り藤という家紋の受け取り方
上り藤は、上り藤・上がり藤・昇り藤・のぼりふじといった呼び方の違いはあっても、実体は1つの紋です。下がり藤との違いは花房の向きだけで、丸や添え紋の有無は紋の骨格を変えません。
向きから本家・分家は決まらないものの、上向きに変えるという選択をした先祖の願いは、かたちになって今の家に伝わっています。
墓石や紋付に紋を新調するときは、実物に残っている向きをそのまま使うのが基本です。迷ったときは、この記事の見分け方と絞り込みチャートに、いつでも戻ってきてください。
※この記事の情報は2026年9月1日時点のものです。



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