三つ葉葵の家紋は徳川の子孫?使う苗字と種類の違いも

三つ葉葵の家紋を中心に、賀茂神社の二葉葵と光の粒子を配した図鑑風イラスト
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法事で「うちの家紋、三つ葉葵らしいよ」と聞いたら、つい思いますよね。「え、うちって徳川の子孫なの?」

答えは、三つ葉葵の家紋は徳川将軍家と御三家の紋です。家紋だけでは、徳川の子孫とは決まりません。

結論:三つ葉葵の家紋は徳川の子孫?
  • 三つ葉葵の家紋は、徳川将軍家と御三家(尾張・紀州・水戸)の紋
  • 家紋だけでは子孫と決まらない。苗字と本家の墓石の紋で、4つの経路に絞る
  • 三つ葉葵を使ったと言える苗字は徳川と松平。本多家は丸で囲んだ立ち葵
  • 元は京都の賀茂神社の神紋、二葉葵。三つ葉葵という植物は実在しない
  • 代々の家の紋は使い続ける。商品やロゴは先に商標を調べる

使う苗字、葵に見える紋との見分け方、由来の4つの説、今どう使うか。ここまで全部分かります。

調べたのは、『家紋大辞典』などを引く百科事典の記述、賀茂神社の案内、京都市観光協会の解説、弁護士の解説です。

読み終えるころには、自分の家の紋が4つの経路のどれか、墓石と苗字で絞れます。まず本家の墓石の紋を写真に撮ってから、読み進めてください。

目次

三つ葉葵の家紋は徳川の子孫?答えの一覧

三つ葉葵の家紋は、徳川将軍家と御三家(尾張・紀州・水戸)が使った紋です。

三つ葉葵の家紋が家にあっても、それだけで徳川の子孫とは決まりません。苗字と本家の紋をたどると、4つの経路のどれかに絞れます。

知りたいこと答えじゃあどうする
誰の紋?徳川将軍家と御三家。会津・守山・西条の松平家も形を変えて使った紋の外側が丸か隅切りかを見る → 種類と違い
うちの紋が三つ葉葵なら子孫?家紋だけでは決まらない。一門・許された家臣・似た別の紋・後に選ばれた紋の4つ本家の墓石の紋と苗字を見る → 苗字と子孫の見分け
使う苗字は?三つ葉葵は徳川・松平。葵紋の系統では本多(丸に立ち葵)と鳥取の池田苗字が違えば、まず似た紋を疑う
種類の違いは?丸に三つ葉葵=将軍家・御三家。葉2枚=二葉葵。丸で囲んだ立ち葵=本多立ち葵図で葉の数と囲みを確かめる
由来は?賀茂神社の神紋、二葉葵。松平家が使い始めた経緯は4つの説説ごとの書名を見る → 由来
今使える?代々の家の紋は使い続ける。家紋は私的なものと弁護士が解説。商品やロゴは商標の確認が先商標を調べてから使う → 現在

自分の家がどれに当たるかは、次の苗字と子孫の見分けで絞れます。

三つ葉葵の家紋を使う苗字は?徳川の子孫かの見分け方

三つ葉葵の家紋を使ったと言える苗字は、徳川と松平です。

葵紋の系統まで広げると、本多(丸に立ち葵)と鳥取の池田が加わります。葵に見える家紋の家は、整理すると4つの経路に分けられます。

苗字葵紋との関わり
徳川将軍家と御三家が、丸に三つ葉葵を使った
松平会津・守山・西条などが、形を変えた三つ葉葵を使った
本多譜代で、丸に立ち葵の使用を許された
池田鳥取池田家(准家門。池田光仲は家康の曾孫)。鳥取城大手門周辺から葵紋瓦が出土
伊奈葵紋の使用を禁じられた
酒井由来の説の一つで、葵の葉を献上して似た酢漿草紋を与えられた

酒井は後世の書物が挙げる説なので、苗字が酒井というだけでは葵紋の家と決めません。墓石の紋で確かめてください。

そして、経路ごとの「徳川の子孫か」はこうなります。

経路徳川の子孫・一門か
一門の家徳川の血筋
許された家臣の家本多家は徳川の血筋ではなく、徳川に近い家。鳥取池田家は家康の曾孫・光仲の家で、徳川の血筋
似た別の紋の家徳川とは別の家
後に選ばれた紋の家家紋からは、徳川との血縁は言えない

徳川・松平の一門の家

苗字が徳川か松平で、紋が丸に三つ葉葵なら、一門の可能性があります。

将軍家と御三家は、同じような丸に三つ葉葵を使います。御三家では、葉の芯の数などが違います。

松平家の紋は、外郭や葉で分かれます。守山と西条は隅切り折敷、会津は葉が河骨紋の葉に似た会津三葵です。

葵紋を許された家臣の家

葵紋を許されたのは、譜代の本多家と、准家門の鳥取池田家です。

家康が将軍になり豊臣家が滅ぶと、葵紋全般の使用がはばかられるようになりました。

松平家には遠慮させ、伊奈家には禁止させたと、『家紋大辞典』を引く記述にあります。

本多家は譜代の家臣で、立ち葵は許されて使った紋です。徳川の血筋を示す紋ではありません。池田光仲は家康の曾孫なので、鳥取池田家は徳川の血筋に連なります。

三つ葉葵に似た別の紋の家

葉が2枚なら二葉葵、立ち上がった形なら立ち葵で、どちらも三つ葉葵とは別の紋です。

享保8年(1723年)の制限のあと、葵紋の形に倣った紋を「河骨紋」と称して使う家が現れたと、『家紋の事典』を引く記述にあります。

見分け方は種類と違いの図で確かめられます。

後の時代に家の紋として選ばれた家

徳川との血縁とは関係なく、家の紋として選んだ家もあります。

享保8年より前の江戸初期には、御用商人の長持などの道具にも、葵紋が描かれていました。

弁護士ドットコムニュースの岩永利彦弁護士は、家紋は終局的には私的なものだと解説しています。

徳川の子孫かを確かめる3つの手がかり

手がかりは、この3つです。

  1. 本家の墓石・仏壇・紋付の紋を写真に撮る。丸か隅切りか、葉が何枚か、葉脈があるかを見る
  2. 苗字が徳川・松平・本多・池田のどれかを見る。本家がどこの藩の土地かも調べる
  3. 菩提寺に、墓石や位牌の紋と、家の古い記録が残っていないか聞く

家紋があるのかどうかから調べ直す人は、こちらも読んでください。

三つ葉葵の家紋の種類と葵紋との違い

三つ葉葵の家紋は、外側の囲みと葉脈で種類が分かれます。丸で囲んだ「丸に三つ葉葵」が、徳川将軍家と御三家の紋です。

葉が2枚なら二葉葵、丸で囲んだ立ち葵なら本多家の紋で、三つ葉葵とは別の紋です。

丸に三つ葉葵の家紋

丸に三つ葉葵が、将軍家と御三家の紋です。

将軍家のものを徳川葵と呼びます。御三家も同じような丸に三つ葉葵で、葉の芯の数などに違いがあります。

葉脈は、徳川三代までは1枚あたり33本でした。少しずつ減って、慶喜のころは13本です。

徳川家の中での三つ葉葵の種類

三つ葉葵の仲間は、将軍家・御三家に、会津・守山・西条の松平家と六葉葵を加えて、次のように分かれます。

紋の名前使った家・場所
徳川葵将軍家
丸に三つ葉葵(御三家)尾張・紀州・水戸。将軍家と同じような図案で、葉の芯の数などが違う
丸に三つ裏葵葉脈を省いた図案。御三家の軍旗、徳川忠長の墓地
会津三葵会津松平家
守山三つ葵・西条三つ葵隅切り折敷で囲む。守山・西条の松平家
六葉葵水戸徳川家の裏家紋とも。小石川後楽園の紋章

外側の囲みは、丸輪・隅切り角・五環・菊輪などがあります。御家門や御連枝は、替紋に蔦・五三桐・唐団扇を使うこともありました。

葵紋の全体は広く、家紋のいろはの葵紋一覧には82種が並びます。

葵紋と三つ葉葵の違い

葉の形、葉の数、囲みで、二葉葵・立ち葵・本多立ち葵・丸に三つ葉葵・守山三つ葵などを見分ける図。三つ葉葵の家紋と、葵紋の違いが分かります。

図で見分けたあと、表で確かめてください。

紋見分けどころ
二葉葵葉が2枚。賀茂神社の神紋
立ち葵フタバアオイの葉の図案。園芸のタチアオイとは無関係
本多立ち葵丸で囲んだ立ち葵。おもに本多氏が使った
右離れ立ち葵二葉葵の右に1つ葉。長野の善光寺の寺紋
河骨紋葵紋の形に倣った紋

似た「紋の系統で見分ける」記事は、こちらです。

三つ葉葵の家紋の由来は?賀茂神社の二葉葵と4つの説

三つ葉葵の家紋の元は、京都の賀茂神社(上賀茂神社と下鴨神社)の神紋である二葉葵です。

松平家がいつ、どう三つ葉葵を使い始めたかは、酒井家・本多家・家康の考案・松平太郎左衛門家の4つの説に分かれます。

二葉葵と賀茂神社の神紋

上賀茂神社の御由緒には、御祭神が降臨するとき葵を飾って祭りをせよという御神託があり、御神紋になったとあります。

葵は古くは「あふひ」で、「ひ」は神霊のことです。

葵祭の名は、元禄7年(1694年)の再興後、葵の葉で飾ったのが由来とされます。京都観光Naviによると、御簾・牛車・衣冠まで葵の葉で飾ります。

賀茂氏とのつながりが深い三河の武士団も、多くが葵紋を家紋にしました。

松平家が三つ葉葵を使い始めた4つの説

4つの説は、どれも後の時代の書物が伝えるものです。Wikipedia「葵紋」が、『家紋大辞典』『日本家紋総覧』を引いて整理しています。

説と書名中身
酒井家から献上
『改正三河後風土記』『柳営秘鑑』
文明7年の安祥合戦で、酒井氏忠が葵の葉3枚に熨斗・勝栗・昆布を盛り、松平信光に献上した。のち松平長親が松平家の紋と定め、酒井家には似た酢漿草紋を与えた
本多家から
『本多家譜』『藩翰譜』『御先祖記』
松平清康が、伊奈の本多正忠から三つ葵を召し上げた。または家康が永禄3年(1560年)に本多家の三つ葉葵を旗紋とし、本多家は遠慮して立ち葵に改めた
家康が考案
『三河後八代記』
家康が自分で考えた
松平太郎左衛門家の紋
『岡崎市史』
元は松平太郎左衛門家の紋。親氏・泰親が賀茂明神に祈願して家紋にしたという話もある

4つの説のほかに、松平家がもともと葵の系統の紋を使い、家康の代で三つ葉葵に定まったという「元々の紋説」もあります。この記事は、元々の紋説で読みます。

支える材料は3つです。1つ目は、三河の武士団の多くが葵紋を使っていたこと。2つ目は、随念寺の『松平清康像』の紋が軸違い三つ葵にも見えることです。

3つ目は肖像です。松平信光は三蔦紋、清康は立ち葵の装束で、複数の紋を替えたのち、家康の代で三つ葉葵に至ります。

松平家の発祥の地は、愛知県豊田市の松平郷です。Aichi Nowによると、松平東照宮が家康と松平親氏を祀っています。

三つ葉葵の意味

三つ葉葵は、葉を3枚に組んだ図案です。

元になったフタバアオイ(ウマノスズクサ科)の葉は、通常2枚です。三つ葉葵という植物は実在しません。

「三葉葵」は、同じ紋の別の書き方です。

三つ葉葵の家紋は現在使える?江戸時代の制限と今の扱い

三つ葉葵の家紋は、代々の家の紋なら、墓石や紋付に使い続けてください。

江戸時代の享保8年(1723年)に、葵紋の使用は将軍家以下一門に限る制限になりました。商品やロゴに使うときは、先に商標を調べます。

江戸時代に三つ葉葵が使われなくなった理由

理由は、将軍家の権威です。家康が将軍になり、豊臣家が滅ぶと、葵紋全般の使用がはばかられるようになりました。

正式な制限は、享保8年(1723年)の8代将軍・徳川吉宗のときです。刀剣ワールドによると、無断使用や粗末な扱いを禁じる法令でした。

それより前は、御用商人の長持などにも描かれていました。

家の紋として使う場合

代々の紋は、墓石にも紋付にも、そのまま使い続けてください。家紋は終局的には私的なもの、と弁護士が解説しています。

新しく家の紋を決めるなら、徳川葵そのままの図案は選ばず、家に縁のある別の紋にします。見た人は「徳川の一門」と受け取るので、家の由来と食い違うからです。

使ってはいけないと言われる紋の話は、こちらです。

商品やロゴに使う場合

商標登録できない紋は、菊花紋章や国の紋章など限られています。家紋は登録できる、と弁護士ドットコムニュースの岩永利彦弁護士は解説しています。

実例もあります。2016年3月、公益財団法人徳川ミュージアムが、水戸徳川家の葵紋とほぼ同じ商標について、特許庁に異議を申し立てました。

だから、使う前に調べます。INPITが運営する無料の検索サイト、J-PlatPatで、同じ図案の商標が登録されていないかを見てください。

三つ葉葵の家紋のよくある質問

ここまでで扱わなかった疑問を、6つ答えます。

三つ葉葵と三葉葵は違う紋ですか?

三つ葉葵と三葉葵は、同じ紋の書き分けです。違う紋ではありません。くわしくは三つ葉葵の意味へ。

三つ葉葵の家紋は英語で何と言いますか?

三つ葉葵の家紋を英語で言うなら、Hollyhock(ホーリーホック)です。水戸ホーリーホックのチーム名が「葵の御紋」の英訳だからです。ただし英語のhollyhockは園芸のタチアオイなので、「徳川家の紋」と添えます(葵紋との違い)。

一番格式の高い家紋は?

いちばん格式が高いのは、皇室の十六八重表菊です。皇室が事実上の家紋としている紋で(nippon.com)、菊花紋章は商標登録もできません。武家では三つ葉葵が別格で、享保8年に使用が将軍家以下一門に限られました(江戸時代の制限)。

水戸黄門の印籠の紋は三つ葉葵ですか?

水戸黄門の印籠の紋は、徳川家の三つ葉葵です(Wikipedia「印籠」)。実際の光圀が訪れたのは日光・鎌倉・金沢八景・房総などで、諸国を旅する話は江戸後期以降の創作です。丸に三つ葉葵へ。

本多家の家紋は三つ葉葵ですか?

本多家の家紋は、丸で囲んだ立ち葵(本多立ち葵)で、三つ葉葵ではありません。ただし『御先祖記』には、家康が本多家の三つ葉葵を旗紋にし、本多家が立ち葵に改めたとあります。4つの説へ。

三つ葉葵の家紋は今どこで見られますか?

三つ葉葵の家紋は、久能山東照宮の鈴守、可睡斎や浄土宗の寺紋、小石川後楽園(六葉葵)で見られます。ポルトガルのボルサ宮では、2015年に壁画の下から徳川家の紋が見つかりました。種類へ。

三つ葉葵の家紋のまとめ

三つ葉葵の家紋は、徳川将軍家と御三家の紋です。家紋だけでは子孫と決まらず、苗字と本家の紋で経路を絞るのが、自分の家の紋をいちばん確かに読む方法です。

  • 徳川・松平で丸に三つ葉葵:一門の可能性
  • 本多で丸に立ち葵:本多家の紋
  • 葉が2枚、葉の形が違う:別の紋
  • 徳川との縁が見えない:選ばれた紋
  • 商品・ロゴに使う:先に商標を調べる

一門の可能性があるなら、本家の古い記録と、菩提寺に残る記録を見てください。

まず本家の墓石の紋を写真に撮って、丸があるか、葉が何枚かを確かめましょう。

※この記事の情報は2026年10月6日時点のものです。

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三つ葉葵の家紋を中心に、賀茂神社の二葉葵と光の粒子を配した図鑑風イラスト

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