龍神祝詞の全文|ひらがな・漢字ふりがな対訳と意味・唱え方【出典つき】

龍神祝詞の巻物の文字が金色の龍へと立ち昇る、山頂の社を背景にした情景画
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YouTubeで龍神祝詞を知って、自分でも唱えてみたくなった。そう思って検索窓に打ち込み、上から2つ、3つとサイトを開いたところで、あれ、と手が止まった方もいるんじゃないでしょうか。全文の中身が、サイトごとにまるで違うんです。

このページには、神社が公式サイトで公開している版を基準に、龍神祝詞の全文をひらがな・漢字ふりがな対訳・句ごとの意味の三段で置きました。まずは全文からどうぞ。

調べていて驚いたのが、冒頭の一句からしてサイトによって違うことでした。どれが本物なのか。その答えは、この記事の3つ目の章で出典を並べて出します。

「毎日唱えないとだめなのか」「唱えると危険と聞いた」「女性は唱えてはいけないのか」。こうした噂も、根拠があるものとないものに分けて後半で整理しました。安心して、今日から声に出してみてください。

目次

龍神祝詞の全文(ひらがな28句)

声に出して読みやすいように、現代の仮名づかいで区切りました。典拠は月神の宮 西照神社(徳島県美馬市・境内社「八大龍王社」)が公式サイトで公開している全文です。

たかあまはらに ましまして
てんとちに みはたらきを あらわしたまう りゅうおうは
だいうちゅう こんげんの
みおやの みつかいにして
いっさいを うみ いっさいを そだて
よろずのものを ごしはい あらせたまう
おうじんなれば
ひふみよいむなやこと の
とくさのみたからを
おのがすがたと へんじたまいて
じざいじゆうに
てんかい ちかい じんかいを おさめたまう
りゅうおうじんなるを
とうとみ うやまいて
まことのむね ひとすじに
みつかえもうすことの よしを
うけひきたまいて
おろかなるこころの かずかずを
いましめたまいて
いっさいしゅじょうの つみけがれの ころもを
ぬぎさらしめたまいて
よろずのものの やまいわざわいをも
たちどころに はらいきよめたまい
よろずせかいも みおやのもとに おさめせしめたまえと
こいねがいたてまつることの よしを きこしめして
むねのうちに ねんじもうす
だいがんを じょうじゅなさしめたまえと
かしこみかしこみ もうす

これで全文です。句に区切ると28行、声に出してもゆっくり2分かからない長さです。印刷して縦書きにする場合も、この区切りのまま読みやすい形になります。

龍神祝詞、先につまずきやすい句を確認

初めて読むとつまずきやすい言葉を、先に片づけておきます。

  • 萬物(よろずのもの):「すべてのもの」という意味の古い言い方
  • 六根(むね):ここでは「六根(ろっこん)」を「むね」と読みます。目・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚のこと
  • 己がすがた(おのがすがた):「自分の姿」のこと
  • 聞こし食して(きこしめして):「お聞き届けになって」の古い敬語

単語の途中ではなく、意味の区切りで息を継ぐのがコツです。次の対訳表で意味のまとまりを掴んでから戻ると、読みやすさが変わってきます。

龍神祝詞の漢字・ふりがな対訳表

ひらがなだけだと、どの言葉が何を指しているのか結びつきません。原文の漢字・読み・意味を句ごとに並べた対訳表を作りました。この形で28句すべてを載せているページは、調べた範囲では見当たりませんでした。

原文(読み)意味
高天原に坐し坐して
(たかあまはらにましまして)
高天原にいらっしゃって
天と地に御働きを現し給う龍王は
(てんとちにみはたらきをあらわしたまうりゅうおうは)
天と地の両方にその力を現しなさる龍王は
大宇宙根元の
(だいうちゅうこんげんの)
大宇宙の根源である
御祖の御使いにして
(みおやのみつかいにして)
御祖(宇宙根源の神)の御使いであって
一切を産み一切を育て
(いっさいをうみいっさいをそだて)
すべてを生み、すべてを育て
萬物を御支配あらせ給う
(よろずのものをごしはいあらせたまう)
あらゆるものを支配なさる
王神なれば
(おうじんなれば)
王である神であるので
一二三四五六七八九十の
(ひふみよいむなやことの)
「一二三四五六七八九十」という、数を唱えることそのものが力を持つとされてきた古い数え歌の
十種の御寶を
(とくさのみたからを)
十種の御寶を(『先代旧事本紀』に見える十種の神宝)
己がすがたと変じ給いて
(おのがすがたとへんじたまいて)
ご自身の姿に変えなさって
自在自由に
(じざいじゆうに)
思いのままに自在に
天界地界人界を治め給う
(てんかいちかいじんかいをおさめたまう)
天界・地界・人界を治めなさる
龍王神なるを
(りゅうおうじんなるを)
龍王神であることを
尊み敬いて
(とうとみうやまいて)
尊び敬って
眞の六根一筋に
(まことのむねひとすじに)
まことの六根(目・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚)をまっすぐ一つにして
御仕え申すことの由を
(みつかえもうすことのよしを)
お仕え申し上げるという趣旨を
受け引き給いて
(うけひきたまいて)
お受け取りくださって
愚かなる心の数々を
(おろかなるこころのかずかずを)
数々の愚かな心を
戒め給いて
(いましめたまいて)
お戒めくださって
一切衆生の罪穢れの衣を
(いっさいしゅじょうのつみけがれのころもを)
すべての生きとし生けるものの罪穢れの衣を
脱ぎさらしめ給いて
(ぬぎさらしめたまいて)
脱ぎ捨てさせてくださって
萬物の病災をも
(よろずのもののやまいわざわいをも)
あらゆるものの病や災いをも
立所に祓い清め給い
(たちどころにはらいきよめたまい)
たちどころに祓い清めてくださり
萬世界も御祖のもとに治めせしめ給へと
(よろずせかいもみおやのもとにおさめせしめたまえと)
あらゆる世界も御祖のもとに治めさせてくださいと
祈願奉ることの由を聞こし食して
(こいねがいたてまつることのよしをきこしめして)
お祈り申し上げるこの趣旨をお聞き届けくださって
六根の内に念じ申す
(むねのうちにねんじもうす)
六根の内に念じ申し上げる
大願を成就なさしめ給へと
(だいがんをじょうじゅなさしめたまえと)
大願を成就させてくださいと
恐み恐み白す
(かしこみかしこみもうす)
恐れ多くも謹んで申し上げます

(読み・訳の典拠:月神の宮 西照神社公式サイト「八大龍王社について」)

全体の構成|名乗りとお願いの二部構成

前半(高天原に坐し坐して〜龍王神なるを)が龍王の名乗り、後半(尊み敬いて〜恐み恐み白す)がお願いです。読みにくく感じるのは、この二部構成が見えていないだけということが多いです。名乗りとお願い、この2つに分けて読むだけで、頭への入り方がぐっと変わります。

神道語彙と仏教語彙の同居

対訳表を並べていて気づいたことがあります。「一二三四五六七八九十」「十種の御寶」は神道の言葉ですが、「一切衆生」「六根」は仏教・修験道でよく使われる言葉です。ひとつの祝詞の中に、この2つが同居しています。

中世から近世にかけて神道と仏教が混ざり合った神仏習合、そして山伏の修験道の実践を通して、今の本文へ整えられてきたことを示唆していると考えられます【伝承・諸説】。断定できる文献は確認できていませんが、本文の言葉づかいそのものに、その痕跡が残っています。

龍神祝詞の版くらべ|全文が食い違う理由

同じ「龍神祝詞の全文」のはずなのに、開くサイトによって書き出しが違う。ここに気づいて不安になった方もいると思います。一次資料を突き合わせて確かめてみました。

神社公式の基準版

この記事は、月神の宮 西照神社が公式サイトで公開している版を基準にしています。冒頭は「高天原に坐し坐して 天と地に御働きを現し給う龍王は」です。

竹生島・九頭龍系|語尾のみの違い

八雲エンライトメントが紹介する竹生島神社版、龍神のしずくが紹介する箱根九頭龍神社系の本文も、冒頭は「高天原に坐まし坐まして 天と地に御働きを現し給う(現はし給う)龍王は」で、西照神社版とほぼ一致します。違うのは送り仮名やルビの細部だけです。

版(出典)冒頭句
西照神社公式
(基準版)
高天原に坐し坐して 天と地に御働きを現し給う龍王は
竹生島神社版
(八雲エンライトメント)
高天原に坐まし坐まして 天と地に御働きを現はし給う
箱根九頭龍神社系
(龍神のしずく)
高天原に坐まし坐まして 天と地に御働きを現し給う龍王は
一部で出回っている別テキストたかあまはらに かんづまりまして(続く言葉も上記3版と一致しない)

確認日は、いずれも2026年8月3日です。

別系統の本文が出回る例

一方、ネット上には冒頭が「高天原に神留まり坐して」で始まり、「龍宮城の主」「七つの鐘」「十二神将」「五行」といった言葉を含む、まったく別のテキストを「龍神祝詞の全文」として載せているページもあります。

この冒頭句「高天原に神留まり坐して」は、別の祝詞である大祓詞の書き出しとほぼ同じです。続く「天之御中主・高皇産霊・神皇産霊」は造化三神と呼ばれる神々で、これも龍神祝詞とは別系統の言葉にあたります。「龍宮城の主」「十二神将」「五行」といった特徴的な言葉で調べても、一致する一次資料は見当たりませんでした。

模写を重ねた絵が少しずつ元の絵から離れていくように、書き写しを重ねるうちに別の祝詞の一節が紛れ込んだのだと考えられます。特定のサイトを名指しするより、「写しを重ねる過程で混成が起きている」という現象として捉えるほうが正確です。正しい・間違いという単純な話ではなく、伝わってきた経路が違うということなんです。

つむぎ所長

同じ祝詞のはずなのに、冒頭から別の話をしているサイトを見つけたときは、さすがに二度見しました

見分け方|基準句の有無

手元の全文が基準版に近いかどうかを確かめる、簡単な目印があります。「大宇宙根元の御祖の御使いにして」という一句です。これがあれば西照神社版の系統、これが無く代わりに「龍宮城」「十二神将」といった言葉が出てくる場合は別系統のテキストです。

天津祝詞でも、サイトごとに文言が違うという同じ現象が起きています。書き写しで伝わってきた祝詞に共通する現象と考えられます。

龍神祝詞とは何か|起源と龍神信仰

龍神祝詞は、神社本庁が定める公式な祝詞ではありません。雨乞いを起源とする説や、水と天候を司る龍神という神様の正体も、由緒正しい古典と誤解しないために知っておきたいところです。

神社本庁の制定祝詞ではないという事実

龍神祝詞は、神社本庁が公式サイトで示す「唱えことば」には含まれていません(神社本庁公式サイト)。大祓詞のように神社本庁が例文を定めている制定祝詞ではなく、龍神を祀る神社や修験の実践の中で受け継がれてきた祝詞です。

起源は雨乞いという説【伝承・諸説】

古くから、農業で雨乞い(祈雨)を行う際に、気象や水源を支配する龍王神へ祈るために編まれ、唱えられ始めたという説が有力とされています。単なる気象祈願にとどまらず、奏上する人や生きとし生けるものの罪や穢れを脱ぎ去り、病災を祓い清める言葉としても用いられてきました【伝承・諸説】。明確な創始文献は確認できていません。

現代では『神道大祓全集』『神拝祝詞集』など民間の経本に広く収録され、龍神信仰を持つ全国の社や修験の実践者の間で受け継がれています。

龍神とはどんな神様として信じられてきたか

龍神は、水と天候を司る神格として各地で信じられてきました。神話ではオカミの神(闇淤加美神・高淤加美神)として現れ、貴船神社、九頭龍、八大龍王など各地の龍神信仰につながっています【伝承・諸説】。

龍神祝詞は「由緒正しい古典」というより、龍神信仰の中で育ってきた祝詞です。この立ち位置を知っておくと、由来や作法の話が読みやすくなります。

龍神祝詞の唱え方|場所・時間・回数・作法

神棚が無くても今日から始められます。家庭で唱える場合の一般的な流れです。

唱える前の流れ

  1. 手を洗い、口をすすいで清める
  2. 神棚(または東・南向き)に向かい、姿勢を正す
  3. 二拝する
  4. 龍神祝詞を奏上する
  5. 二拝二拍手一拝で締める

神事の中での位置づけの一例として、箱根神社・九頭龍神社本宮の月次祭では、献饌→大祓詞奏上→祝詞奏上→玉串拝礼→撤饌という式次第で祝詞が奏上されています(箱根神社公式案内)。個人の日常の奏上は、この流れを簡略にした形と考えて構いません。

回数・場所・時間・動画に決まりはあるか

回数に決まりはありません。1回でも3回でもよく、毎日唱えなければならない決まりもありません。場所も決まりはなく、神棚の前でも、部屋でも、川や海のそばでもかまいません。

時間帯についても、「深夜は避けたほうがよい」という話を見かけることがありますが、これを裏づける典拠は確認できませんでした。根拠のある規定としては書けない、というのが正直なところです。

YouTubeには龍神祝詞の朗誦動画・聞き流し音源が多数あります。耳で覚える入口として使えますが、版が違うものも混じっているため、この記事の全文と一度突き合わせてから覚えることをおすすめします。

回数も場所も時間も、決まりに縛られず、続けやすい形で唱えてかまいません。

龍神祝詞「危険」説の出どころ

「唱えると危険」という言葉には、根拠のあるものとないものが混ざっています。禁止する規定があるのかどうかも含めて、出どころを分けて知っておきたいところです。

先出しの結論|禁止規定なし

個人が敬虔な気持ちで龍神祝詞を唱えることを「危険」「禁止」とする規定・公的見解は見つかりませんでした。まず、この結論を先に置いておきます。

「危険」と言われるようになった背景

では、なぜ「危険」という言葉が広まったのか。調べた範囲で、背景はおもに2つに整理できます。

1つ目は、龍神が水・天候という人の生死を左右する力を司る、畏れ敬われてきた神格だったことです。「祟る神」として恐れながら敬うという感覚は日本の神観そのもので、龍神に限った話ではありません。2つ目は、修験道・密教の荒神信仰と結びつき、「作法を誤ると障りがある」という感覚が俗信として広がったことです【伝承・諸説】。

もう一つ、祝詞の本文自体にも理由がありそうです。「愚かなる心の数々を戒め給いて」「一切衆生の罪穢れの衣を脱ぎさらしめ給いて」。これは自分の側の罪穢れを祓ってもらうための言葉です。ですが、戒めの言葉が入っているために「怖い祝詞」と読み違えられている可能性があります。

「女性は唱えてはいけない」の出どころ

性別によって唱える資格を分ける記述は、神社公式にも経本にも確認できませんでした。典拠不明の言説として扱うのが正確です。

読み間違えた場合の対処

読み間違えたときは、言い直せば十分です。神職も祝詞紙(祝詞を書いた紙)を見ながら奏上します。暗記していないと失礼になる、という規定も確認できませんでした。

龍神祝詞の覚え方|4ブロック構造と短縮版

龍神祝詞の全文を名乗り・司るもの・お願い・結びの4ブロックに分けた構造図

4ブロックの構成

初対面の挨拶に例えると覚えやすくなります。①名乗り(高天原に坐し坐して〜王神なれば)②自分が何を司るか(一二三四五六七八九十の〜龍王神なるを)③お願い(尊み敬いて〜聞こし食して)④締めの言葉(六根の内に念じ申す〜恐み恐み白す)。名乗ってから、自分の役割を語り、お願いをして、締めくくる。この4段の順番だけ覚えておけば十分です。

短い版・簡略版はあるか

公式に定められた短縮版はありません。ただ、全文を毎日通しで唱えなければならない決まりもないので、数行だけ心を込めて唱える形も実際に行われています【伝承・諸説】。覚える順番のコツとしては、④の結び(「かしこみかしこみもうす」)は他の祝詞にも共通する締めの言葉なので、実はもう半分覚えているようなものです。

つむぎ所長

結びの一言はどの祝詞でも似ているので、実はもう半分は覚えてるようなものなんですよ

祝詞と真言の違い

「龍神さんのご真言は?」という検索も見かけますが、これは仏教(八大龍王)側の真言で、龍神祝詞(神道の祝詞)とは別のものです。ここで一線を引いておきます。

龍神祝詞の効果|伝えられてきたこと

祝詞の本文が何を願っているかは、すでに対訳表で見てきたとおりです。罪穢れを祓う、病災を祓い清める、大願を成就させる。これは本文の内容そのものであって、効果を保証する記述ではありません。この距離感を保って読んでください。

伝えられてきた使われ方としては、雨乞い、自浄(罪穢れを脱ぎ捨てる)、心を整えることが挙げられます【伝承・諸説】。実際に検索する人の声を整理すると、「心を落ち着かせたい」「イライラやモヤモヤを鎮めたい」「前向きな気持ちでスタートしたい」という傾向がよく見られます。

効果を数える道具にすると、続きません。声に出して読むと2分ほどで終わる、由緒ある「心の整え方」として置いておくくらいがちょうどいいと思います。

龍神祝詞入りの経本とゆかりの社

紙の経本には、龍神祝詞入りのものがあります。『神道大祓全集』(龍神祝詞入り・蛇腹式・約18cm×7.3cm・厚さ2.0cm・約140g・約50種の祝詞を収録・ふりがな付き)、八幡書店『古神道祝詞集』(真伝「龍神祝詞」入り・蛇腹仕立て)などが通販で入手できます。紙の経本は版が固定されているので、ネットの写し違いに悩まなくて済むという利点があります。

▼【商品リンク挿入:龍神祝詞入り 神道大祓全集(蛇腹式経本・ふりがな付き)】

龍神祝詞ゆかりの社

  • 西照神社 八大龍王社(徳島県美馬市):阿讃山脈大滝山頂上・標高946mに鎮座。例祭は毎年6月末と旧暦7月25日
  • 箱根神社 九頭龍神社本宮(神奈川県):毎月13日に月次祭が行われている
  • 九頭竜大社(京都府):昭和29年(1954年)開祖

各社の授与品の個別価格や受付時間の詳細は、公式サイトで確認しきれなかったものがあります。参拝や授与を検討する際は、各神社の公式窓口へ直接問い合わせることをおすすめします。ここに書いたのは公式サイトの案内を調べて突き合わせた内容で、参拝してきたという体験談ではありません。

龍神祝詞のまとめ|全文と唱え方の要点

全文は、このページに置いた西照神社版を基準にしました。サイトによって全文が違って見えるのは、書き写しの過程で他の祝詞と混ざったり文言がずれたりしてきたためです。あなたが見つけた全文が違っていても、あなたが間違っているわけではありません。回数にも時間帯にも決まりはなく、「危険」と言われる話も、裏づけのある背景と裏づけのない噂を切り分けて整理しました。

形の細部より、言葉を丁寧に扱うこと。まずは結びの一句「かしこみ かしこみ もうす」から始めてください。

ここは他の祝詞とも共通する締めの言葉なので、もう読めるはずです。

龍神祝詞の巻物の文字が金色の龍へと立ち昇る、山頂の社を背景にした情景画

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