神社の格付け一覧と社格6制度のランキング、今も有効な基準の見分け方

鳥居を背景に、かつての社格を示す文字が刻まれた石柱が金色の光をまとって立つ、神社の格付けをイメージした図
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「神社の格付け」を調べようとして検索窓に打ち込んだとき、頭の中にあったのは、きっと1枚の表だったはずです。神社の名前がずらりと並んで、上から順に格が下がっていく、そんな一覧を探していたはずです。

先に種明かしをしておくと、その「格付け」は1つではなく6つあります。

式内社
二十二社
一宮
近代社格制度
別表神社
社号。

名前を聞いただけでは違いが分かりにくいこの6つを1つずつ確かめていくと、もっと大きな事実にぶつかります。今の日本には、公式な社格が1つも存在しないんです。

社格制度は1946年に廃止されました。それでも「格式の高い神社」という言い方や、「大社」「神宮」という呼び名は今も生きています。

この記事では、6つの物差しを1枚の表と年表にまとめて渡します。そのうえで、伊勢神宮と出雲大社はどちらが格上なのか、そして近所の神社は本当に「格が低い」のか、というところまで出典つきで答えていきます。

目次

神社の格付けの現在地|公式な社格が存在しない理由

結論から言うと、今の日本に公式な社格は存在しません。ただし過去に存在した格付けは6種類あり、その名残は今も神社の名前や境内の石柱に残っています。

社格制度が廃止された1946年の経緯

1946年(昭和21年)2月2日、GHQの神道指令による国家管理の終了と同時に、近代社格制度は廃止されました。神道指令そのものが日本政府に出されたのは、この日ではなく1945年(昭和20年)12月15日です。指令が出てから制度が実際に廃止されるまで、約1ヶ月半のタイムラグがあります。

同じ「戦後の神社改革」として語られるため2つの日付が混同されやすいのですが、「指令が出た日」と「制度が廃止された日」は別の出来事です。この違いを取り違えているサイトも見かけますが、神道指令は1945年12月15日、近代社格制度の廃止は1946年2月2日で確定しています(出典:ja.wikipedia.org/wiki/近代社格制度)。

宗教法人としての神社の対等な立場

現在、全国の神社は宗教法人として法律上対等です。かつての官幣大社も、無格社だった小さな祠も、今は同じ「宗教法人」という枠の中にあります。

全国およそ8万社の神社の多くを包括しているのが神社本庁で、1946年2月3日に設立され、伊勢神宮を本宗(すべての神社の中心と仰ぐ存在)としています(出典:神社本庁公式サイト)。

近代社格制度が廃止された翌日という日付からも、社格の廃止と神社本庁の発足が一続きの出来事だったことが分かります。

格付けを検索する人が本当に知りたい3つの疑問

「神社 格付け」と検索する人が抱えている疑問は、突き詰めると3つに集約されます。

①格付けの一覧が見たい
②伊勢神宮と出雲大社はどちらが格上なのか
③自分がよく行く神社の格はどうなのか

という3つです。

この記事はこのあと、①をまず1枚の比較表と年表で、②を伊勢と出雲の章で、③を記事の後半で、順番に答えていきます。まずは一覧から見ていきます。

神社の格付けを決めてきた6つの物差し|制度別の早見表

神社の格付けと呼ばれてきたものは、次の6つの制度に分かれます。それぞれ「いつの制度か」「今も有効か」がまったく違うので、まずこの2点を軸にした表で全体像をつかんでください。

6制度の比較表

制度名・いつの制度か・誰が決めたか・該当する社数・今も有効か・確かめる方法の6項目を、1枚の表にまとめました。

神社の格付け6制度(式内社・二十二社・一宮・近代社格制度・別表神社・社号)を、いつの制度か・誰が決めたか・該当社数・今も有効かの列で比較した表。今も有効なのは別表神社だけと分かる

式内社は927年に編纂された延喜式神名帳が根拠で、朝廷が定めました。二十二社は1039年に成立し、朝廷が選びました。一宮は11〜12世紀に自然発生的に成立したもので、公式に定めた主体はいません。近代社格制度は1871年に明治政府が始め、1946年に廃止されました。別表神社は1948年に神社本庁が定めた、今も有効な唯一の区分です。社号(神宮・大社・宮など)は今も使われている呼び名ですが、格を保証する制度ではありません。

この記事で1番お伝えしたいのは、6つのうち「今も有効」なのは別表神社1つだけだという点です。残り5つは、いずれも過去の制度としてしか存在しません。

物差しごとの時代の重なり方

6つの制度は、時代がずれて並んでいるだけでなく、途中で重なりながら存在してきました。927年の式内社の少しあとに二十二社が成立し、それと並行して一宮が各地で自然に生まれ、江戸時代を経て明治の近代社格制度に切り替わり、1946年でいったん全部が途切れ、1948年に別表神社という新しい区分だけが始まる、という流れです。

927年から1948年までの社格制度の年表マップ。1946年の縦線を境に、別表神社の帯だけが現在まで続いていることを示す図解

廃線になった路線図を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。今はもう電車が走っていなくても、駅跡や地名がそのまま残っている場所がありますよね。式内社や二十二社、近代社格制度もこれと同じで、制度そのものは無くなっても、神社の名前や由緒書きに「旧官幣大社」「式内社」という言葉が今も残っています。1946年より先まで線路が続いているのは、別表神社という1本の路線だけです。

式内社と名神大社|延喜式神名帳が記した最古の神社格付け

一番古い物差しは、927年にまとめられた延喜式神名帳です。ここに名前が載った神社を「式内社」と呼び、載った数まで正確に分かっています。

延喜式神名帳の2,861社3,132座の内訳

延喜式神名帳は927年(延長5年)に編纂された、国が神社を記録した最古のリストです。載っている神社は2,861社、祀られている神様の数(座)は3,132座にのぼります。

内訳は官幣社573社737座、国幣社2,288社2,395座です。さらにその中で、大社が353社、小社が2,508社に分かれています(出典:ja.wikipedia.org/wiki/延喜式神名帳)。1000年以上前の時点で、すでに神社を「大社」と「小社」に分けていたことになります。

名神大社という最上位の区分

式内社の中でもさらに上位に位置づけられたのが名神大社です。名神祭(みょうじんさい、国家の重大事に朝廷が特別な神々へ奉幣する祭祀)の対象とされた神社を指します。

ここには、資料によって数字が食い違うという、正直にお伝えしておきたい事情があります。名神祭式には203社285座、延喜式神名帳には226社313座と記録されていて、23社28座の差が生じています。この差の理由は、現時点では未解明です(出典:ja.wikipedia.org/wiki/名神大社)。1000年前の記録に食い違いが残っていること自体、格付けという仕組みが最初から完璧な台帳ではなかったことを物語っています。

式内社と式外社の分かれ目

延喜式神名帳に載らなかった神社を式外社(しきげしゃ)と呼びます。ここで気をつけたいのは、「載らなかった=格が低かった」という単純な話ではないという点です。

式外社の中には、朝廷の管轄が及ばない地域にあった神社や、当時すでにお寺の管理下に入っていた神社も含まれます。行政上の理由で台帳に載らなかっただけで、その神社への信仰の厚さとは別問題だったんです。この「制度の対象外=劣っている、ではない」という考え方は、このあとの近代社格制度や別表神社の話でも繰り返し出てきます。

二十二社と一宮|朝廷と地域が選んだ中世の格式高い神社

「格式の高い神社」と聞いて多くの人がイメージする顔ぶれが、実際に並ぶのがこの章です。二十二社と一宮、どちらも中世に確立した物差しです。

上七社・中七社・下八社の全22社一覧

二十二社は、長暦3年(1039年)に日吉社が加わって22社となり、永保元年(1081年)に制度として確立しました。すべて畿内(現在の京都・大阪・奈良周辺)の神社です。22社は格の高い順に上七社・中七社・下八社の3グループに分かれています。

区分神社名
上七社伊勢神宮・石清水八幡宮・賀茂社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)・松尾大社・平野神社・伏見稲荷大社・春日大社
中七社大原野神社・大神神社・石上神宮・大和神社・廣瀬大社・龍田大社・住吉大社
下八社日吉大社・梅宮大社・吉田神社・廣田神社・八坂神社・北野天満宮・丹生川上神社・貴船神社

賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)は、上七社の中で1組として1枠に数えます。そのため実際の神社数は23ですが、「社」の数え方としては22社になります。ここでよく誤解されやすいのが、春日大社と住吉大社の位置です。春日大社は上七社、住吉大社は中七社で、逆に紹介している情報も見かけますが、國學院大學の神道関連資料や各社公式サイトを照合したところ、この並びが正しい割り振りです。

一宮の成り立ちと全国一の宮会の106社

一宮(いちのみや)は、11〜12世紀ごろに各国(令制国、現在の都道府県に近い区分)で最も格式が高いとされた神社を指す呼び方です。文献上の初見は『今昔物語集』にあります(出典:ja.wikipedia.org/wiki/一宮)。

ここで見落とされがちなポイントがあります。一宮は朝廷が公式に定めた制度ではなく、その地域で自然に「ここが一番格式高い」と認められていった、いわば自然発生的な呼び名だということです。二十二社が朝廷の選定だったのとは、成り立ちがまったく違います。同じ国の中で複数の神社がそれぞれ一宮を名乗っている例もあり、これも公式な認定制度ではなかったことの表れです。現在、全国一の宮会には106社が加盟しています。旅先で「格式の高い神社に寄りたい」と思ったら、その土地の一宮を調べるのが1番手っ取り早い方法です。

総社という国司のための仕組み

総社(そうじゃ)は、国司(その国に赴任した朝廷の役人)が、管轄する国内の神社を1か所にまとめてお参りできるようにした仕組みです。国内の主要な神々を集めて祀ることで、国司が1社ずつ回らずに済むようにした、いわば参拝の効率化のための施設でした。平安時代の時点で、すでにこうした発想があったというのは、なかなか興味深いところです。

近代社格制度の階級一覧|官幣大社から無格社までの神社の序列

「神社の格付け」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、おそらくこの近代社格制度です。同時に、この章は読者の引け目に数字で答える場所でもあります。

官社の7区分

近代社格制度は明治4年5月14日(1871年)、太政官布告「官社以下定額・神官職制等規則」によって始まりました(出典:ja.wikipedia.org/wiki/近代社格制度)。国が直接管理する「官社」は、官幣大社・国幣大社(大社の中でも最上位)、官幣中社・国幣中社(中位)、官幣小社・国幣小社(小社。それでも国が管理する社)、別格官幣社(国家に功労のあった人物を祀る社。官幣小社に準じる扱い)の7区分に分かれます。

「官幣」と「国幣」の違いは、奉幣(神様への供物)を出す主体が神祇官(のちの宮内省)か、地方官(国司にあたる役所)かという担当の違いです。国道と県道のようなもので、どちらの道を管理しているかの区分であって、道そのものの質に優劣があるわけではありません。官幣社だから霊験が強い、国幣社だから弱い、という話ではないんです。

諸社(府県社・郷社・村社)と無格社の位置

官社の下には、府社・県社・郷社・村社という「諸社」の階級があり、さらにその下に「無格社」という区分がありました。

「無格社」は制度上の区分名であって、その神社に対する信仰の価値を測ったものではありません。この一点は、はっきりお伝えしておきたいところです。府県社は都道府県から、郷社・村社は市町村から、それぞれ管理や奉幣を受けていた社という、あくまで行政上の管轄の違いを示す呼び名でした。

廃止時点の社数で見る神社全体の分布

1946年の廃止時点で、それぞれの区分に何社あったのかという数字が残っています。

区分社数
官社(官幣社・国幣社の合計)218社
府県社1,148社
郷社3,633社
村社44,934社
無格社59,997社

この数字を並べてみると、上から下にいくほど社数が一気に増えていくことが分かります。

官社・府県社・郷社を合計しても5,000社に届きません。

この表を見ると分かるとおり、村社と無格社の合計だけで10万社を超えます。当時、全国のほとんどの神社は村社か無格社だったんです。今、あなたが毎日のように手を合わせている近所の神社も、当時は村社か無格社だった可能性が高いということになります。

この数字を出しているのは、神社を貶めるためではありません。

むしろ逆で、「格が低い神社に通っているのでは」という引け目を感じる必要が最初から無かったことを、数字で示すためです。この点は記事の後半でもう一度掘り下げます。

つむぎ所長

大きい神社も小さい神社も、格の話とご利益の話は別物です。近所の氏神様にも、ちゃんと手を合わせる価値がありますよ

伊勢神宮が近代社格制度の対象外だった理由

近代社格制度の一覧を見ていくと、伊勢神宮の名前がどこにも見当たらないことに気づくはずです。これは漏れているのではなく、全神社の上に立つ特別な存在として、そもそも制度の対象から外されていたためです。

「ランキング外」というと格が低いように聞こえるかもしれませんが、伊勢神宮の場合はその逆です。数ある社格のどこにも収まらない、別格の位置づけだったということになります。この「別格」という考え方は、このあとの伊勢神宮と出雲大社の話でもう一度出てきます。

別表神社|戦後の神社本庁が定めた現在の区分

6つの物差しの中で唯一、今も使われているのが別表神社です。ただし、これは社格の復活ではありません。

別表神社の正体|役職員進退に関する規程の別表

別表神社は、昭和23年(1948年)9月30日に神社本庁が定めた規程第15号「役職員進退に関する規程」の、その名のとおり「別表」に載っている神社を指します。

これは何を決めた規程かというと、宮司や権宮司といった神職の任免を、神社本庁の統理が直接行うかどうかという人事上の区分です。神社本庁自身も「別表に掲げることは事務取扱上の区別をしたに止まり、何等社格的な意味はない」と説明しています。2006年時点で353社が別表神社に指定されていました。

現在の正確な社数については神社本庁公式に一覧や件数の掲載を確認できなかったため、「約350社・2006年時点」という時点つきの数字までしかお伝えできません。

別表神社に入っていない有名神社

「別表神社に入っているかどうか」を格の目安のように語る解説を見かけますが、実際には有名な神社でも入っていない例が複数あります。

伊勢神宮は、近代社格制度のときと同じく別格として掲載されていません。伏見稲荷大社、靖国神社、日前神宮・國懸神宮は、神社本庁と包括関係を持たない「単立神社」であるため、そもそも対象外です。別表神社でないことは、格が低いことを意味しません。単に、神社本庁との人事上の関係が違うだけです。神社本庁に属さない神社について詳しく知りたい方は、神社本庁に属さない神社一覧の記事もあわせてどうぞ。

勅祭社16社という別の物差し

勅祭社(ちょくさいしゃ)は、天皇の使い(勅使)が派遣される神社のことで、現在16社あります。賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、石清水八幡宮、春日大社、熱田神宮、出雲大社、氷川神社、鹿島神宮、香取神宮、橿原神宮、近江神宮、平安神宮、明治神宮、靖国神社、宇佐神宮、香椎宮です。

伊勢神宮はこの一覧にも含まれていません。理由は逆で、勅使を送るまでもない存在だからではなく、祈年祭・神嘗祭・新嘗祭という年に複数回の大祭のたびに勅使を迎え続けているためです(出典:伊勢神宮公式サイト「年間行事 恒例祭典」isejingu.or.jp/ritual/annual/)。1つの例祭にだけ勅使が遣わされる「勅祭社」という枠には収まらない、別格の扱いを受け続けています。

神宮・大社・宮の違い|社号でわかる神社の格付けの見分け方

「神宮と大社はどちらが上ですか」という質問は、この記事に来る前から気になっていた方も多いはずです。ここで社号の全体像を整理します。

社号の一覧と代表的な神社

社号(しゃごう)とは、神社の名前の末尾につく「神宮」「大社」「宮」「神社」「社」といった呼び名のことです。

社号代表的な神社
神宮伊勢神宮・熱田神宮・明治神宮
大神宮東京大神宮
宮石清水八幡宮・宇佐神宮
大社出雲大社・春日大社・住吉大社
神社全国の大多数
社小規模な社に多い

ここで押さえておきたいのは、社号は制度上の格を示すものではなく、あくまで呼び名だという点です。時代によって改称された神社も少なくありません。

神宮・宮という社号の由来|皇室とゆかりの深い神社に限られる理由

「神宮」という社号が何によってその神社に使われているのかは、これまでの一覧だけでは分かりません。神社本庁は、現在「神宮」の社号を付されている神社について、天皇や皇室の祖先を祀るなど、皇室と特にゆかりの深い神社に限られるとしています(出典:神社本庁公式サイト「神宮・神社の名称」jinjahoncho.or.jp/omairi/name/)。天皇を祀る平安神宮・明治神宮、皇室の祖先を祀る霧島神宮・鹿児島神宮などがその例です。

「宮」についても、天皇や皇族を祀る神社、または由緒により古くからその呼び方が用いられてきた神社に使われるとされています(同出典)。石清水八幡宮や宇佐神宮が祀る八幡神は、応神天皇と同一視されてきた神です。社号は優劣を決める印ではなく、その神社と皇室との関わり方を映した呼び名だと捉えると分かりやすくなります。

大社と神宮のどちらが格上かへの答え

「神宮と大社、どちらが格上か」というのは、この記事に検索でたどり着いた方の多くが知りたい質問だと思います。答えは、社号の違いだけで優劣は決まらない、というものです。

「大社」はもともと、天孫に国を譲るという大きな功績をあげた大国主命を祀る出雲大社を示す社号として使われてきました(出典:神社本庁公式サイト「神宮・神社の名称」)。戦前まで、正式な社号として「大社」を名乗っていたのは出雲大社ただ1社でした。戦後、社号を自由に選べるようになったことで、春日大社や住吉大社など、多くの神社が「大社」を名乗るようになりました。一方の伊勢神宮は、近代社格制度でも別表神社でも別格として扱われ続けてきた、社号の枠を超えた存在です。この2つを同じ物差しで比べようとすること自体に、そもそも無理があるとも言えます。この点は、伊勢神宮と出雲大社を比べる章で、もう一段踏み込んで答えます。

正一位が示す神階と社格の違い

「正一位」という言葉を聞いたことがある方も多いはずです。ここではっきりさせておきたいのが、神階(しんかい)と社格は別のものだという点です。

神階は、神様に授けられる位のことで、正一位が最高位にあたります。明治になって制度は廃止されました。全国の稲荷社の多くが「正一位」を名乗っているのは、総本社である伏見稲荷大社が受けた神階を、そこから分霊(ぶんれい)を勧請(かんじょう)した先の神社も、あわせて称するようになったという慣行によるものです。暖簾分けした店が、本店の看板の格をそのまま掲げているようなイメージに近いかもしれません。

ここで整理しておきたいのは、神階は神に付く位であって、神社そのものの格ではないという1点です。神様側の順位や強さについて詳しく知りたい方は、八百万の神ランキングの記事で別に扱っています。この記事では、神社という場所・法人に付いた社格制度だけを扱います。

千木・鰹木で格を見分ける説の危うさ

「千木(ちぎ)の切り口が水平なら女神、垂直なら男神」「境内が広いほど格が高い」といった見分け方を目にすることがあります。

【伝承・諸説】として広く語られていますが、実際には例外が多く、格の判定にも祭神の性別の判定にも使えないというのが実情です。境内の広さや摂社の数も、同じく確実な目安にはなりません。目で見て確かめる方法としては、これから紹介する別の手がかりのほうが確実です。

格式の高い神社の一覧|複数の格付けで名前が重なる主要神社

「格式高い神社」「日本の神社ランキング」で検索する方への回答が、この章です。縁ノ研が独自に順位をつけるのではなく、6つの制度で名前が重なった回数で並べていきます。

伊勢神宮が別格とされてきた理由

ここまで何度も出てきたとおり、伊勢神宮は近代社格制度でも、勅祭社でも、別表神社でも、いずれの一覧にも名前がありません。それは漏れているのではなく、すべての制度の外側に置かれる「別格」という扱いを、一貫して受け続けてきたということです。

伊勢神宮と出雲大社の格上論争への答え

「伊勢神宮と出雲大社はどちらが格上ですか」というのは、この記事のもとになった検索データの中でも、とりわけ多くの方が気にしていた質問です。

先に答えを言うと、どちらが上とは言い切れません。ただし、逃げるつもりもないので、それぞれの位置づけを正確にお伝えします。近代社格制度の中で、両社ともほかの神社とは別枠、あるいは最上位に近い扱いを受けてきました。出雲大社は、戦前まで正式な社号として「大社」を名乗っていた唯一の神社です。一方の伊勢神宮は、制度そのものの外に置かれた存在でした。

測っている物差しが違うので、同じ定規で並べること自体ができないというのが、この記事の結論です。伊勢神宮は「制度の外にある別格」、出雲大社は「制度の中で唯一大社を名乗った最上位」。どちらも、それぞれの意味で頂点にいる神社だと言えます。

複数の制度で名前が並ぶ神社の一覧表

複数の制度に共通して名前が登場する神社を、実際に一覧にしてみます。

伊勢神宮・出雲大社・春日大社など7つの神社が、式内社・二十二社・一宮・近代社格・別表神社・勅祭社の各制度に該当するかを一覧にした表。伊勢神宮だけ対象外が並ぶ

この一覧に共通しているのは、いずれも複数の時代の物差しで繰り返し名前が挙がってきた神社だということです。ただし「祀られている神とご神徳」の列を見ると分かるとおり、それぞれ得意とする願いごとの領域はまったく違います。制度上の記録の重なりと、自分がどんな願いを持って訪ねるかは、別の軸で考えたほうがよさそうです。

日本三大神社・五大神社という言い方の出どころ

「日本三大神社」「日本五大神社」「関東五大神社」といった言い方を検索結果で見かけた方もいると思います。

これらは【伝承・諸説】の域を出ない呼び方で、公的に定められた基準は確認できませんでした。挙げる人やサイトによって顔ぶれが変わるのが実情で、この記事で扱うのはここまで見てきた、いつ誰が定めたのかがはっきりしている6つの制度だけです。出どころのはっきりしないランキングと、成立時期や定めた主体まで分かっている制度を、同じ棚に並べないことが混乱を避けるコツです。

神社の格付けとご利益の関係|参拝先の選び方の答え

ここまでの6つの物差しを踏まえたうえで、最後に「で、自分はどうすればいいのか」という一番知りたいところに答えます。

社格が測っていたものの正体

6つの制度が一貫して測ってきたのは、朝廷や国家とのつながりの度合いです。奉幣の対象になっているか、勅使が来るか、神社本庁の人事でどう扱われるか。いずれも行政上の関わり方を示す物差しであって、霊験やご利益の大きさを測った制度は、この中に1つもありません。

「格が高いほどご利益がある」という言い方を見かけることがありますが、この記事で確認した6つの制度のどの趣旨にも、そうした因果関係は書かれていません。廃止時点で村社・無格社が10万社を超えていたという先ほどの数字も、この文脈で見返すと意味が変わってくるはずです。格の低い神社が多かったのではなく、行政上の扱いが違う神社が多かった、というだけの話なんです。

つむぎ所長

格付けの正体が分かると、近所の神社への見方も少し変わりませんか。行政上の扱いの違いであって、参拝する価値の違いではないんです

氏神・産土神と格式高い神社の使い分け

遠方の格式高い大社に足を運ぶか、近所の氏神様(うじがみさま、その土地に住む人を守る神様)に日々通うか。この2つは、優劣ではなく役割の違いとして考えると、選びやすくなります。

氏神様は日々の暮らしを見守ってくれる身近な存在で、格式高い神社は特別な願いごとを託す遠出の先、という使い分けをしている方も多いようです。どちらが格上でどちらが格下という話ではなく、両方に別々の意味があります。格ではなく、自分の生まれ年や願いごとの縁で神社を選びたい方は、あなたの守護神を診断や、神社の属性の調べ方の記事も参考になるはずです。

目の前の神社の格を調べる4つの手がかり

一覧を眺めるだけで終わらせず、今度は目の前の神社について、自分の手で確かめる方法をお伝えします。

目の前の神社の格を調べる4つの手がかり(社号標の刻字・境内の由緒書き・全国一の宮会の加盟一覧・都道府県神社庁の別表神社一覧)を示すカード形式の図解

鳥居の脇に立つ石柱(社号標)には、「旧県社」「旧郷社」といった、かつての社格が刻まれていることがあります。境内に掲示された由緒書きや案内板にも、創建の経緯や旧社格が書かれている場合が多いです。

その神社が一宮なのかどうかは、全国一の宮会の加盟一覧で確認できます。今も有効な唯一の区分である別表神社かどうかは、都道府県の神社庁が公開している一覧で調べられます。

実際に足を運んで確かめたくなったら、参拝時間や訪ねてはいけない時間帯があるのかどうかも、あわせて確認しておくと安心です。神社の参拝時間の記事に、時間帯ごとの考え方をまとめています。

神社の格付けのまとめ|格式より先に見たい3つの視点

ここまで6つの物差しと、伊勢と出雲の比較、そして自分の手で格を調べる方法を見てきました。最後に3点だけ、振り返っておきます。

  • 今の日本に、公式な社格は存在しません。今も有効なのは別表神社という人事上の区分1つだけです
  • 過去の格付けはいずれも国とのつながりの度合いを測ったもので、ご利益の大小を測った制度ではありません
  • 自分がよく行く神社の格は、社号標の刻字や由緒書き、一宮・別表神社の一覧で、自分の手で確かめられます

「格式の高い神社」の一覧を知りたくてこの記事にたどり着いた方も、近所の神社への引け目を抱えていた方も、答えは同じところに落ち着きます。格の違いは、行政上の扱いの違いであって、参拝する価値の違いではありません。次にどの神社を訪ねるか、これで自分の判断で決められる状態になったはずです。

※この記事の情報は2026年9月時点のものです。

鳥居を背景に、かつての社格を示す文字が刻まれた石柱が金色の光をまとって立つ、神社の格付けをイメージした図

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